2017年08月02日

親死子泣孫泣

 もちろん一休禅師の「親死子死孫死」から頂いています。
 私が考えるおめでたい葬儀です。

 葬儀で皆(子や孫)が泣いてて、なにがめでたいかと思われるかもしれませんが。
逆縁でない(ことがめでたい)というのは一休さんそのままですが、葬儀としてもう一つ。きちんと葬儀で泣けるというのは親子(夫婦、友人etc.)の情が健全に機能している証です。

 まず一つ、故人が90を超えるなど高齢すぎると子世代も70代を過ぎて、肉体も感情も(親子関係そのものも)摩耗して、悲しみの感情が現れない葬儀をしばしば見かける。

 一見悲しむことなく送れるならばその方がダメージが少ないようにも感じられる。しかし泣かなかったら悲しくないとか、悲しくならなければダメージが少ないと考えるのは早計だ。さまざまな理由からその時その場で感情を表現できないことは、かえってダメージを深く、長引かせることはすでに指摘されている。

 もちろんかねてから言うように、泣け(さえす)ればいい葬儀だというつもりは毛頭ないし、葬儀社が泣かせるのではなく遺族各々から自然に湧き出る感情を邪魔しない葬儀(社)が良い葬儀(社)だ。
 葬儀は故人と遺族その他参列者の関係の清算の場でもある。その関係が良好なら健全な葬儀が営まれるし、そうでなければ葬儀にもそれは反映される。

 というわけで「親死子泣孫泣」はおめでたい葬儀というわけです。
 とくに孫が20代前後で泣いている式なんて、どんだけいいおじいちゃん(おばあちゃん)だったんだ。身も蓋もないことをいえばありあまる金を持ってたってことだろうけど――なんて考える私はやはり尊属と健全な関係を築けてはいないようです。いまさらどうしようもない。
posted by あらやしき at 10:46| Comment(0) | 葬儀とその周辺のレポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月19日

さよなら、かーちゃん

 愛をつぐなえば別れになるけど こんな女でも忘れないでね
 優しすぎたのあなた 子供みたいなあなた
 あすは他人同志になるけれど
テレサ・テン「つぐない」より

 「すっごい落ち着いてましたよね、あらやしきさん」
 休み明けに同僚に言われた。
 最初に会社に電話したときに出た後輩だ。遊び相手なので様子はよく知られている。
 あのときはさすがに亡くなるとは思ってなかったからなあ、と言ったものの。

 私は少しサイコパス的傾向があるのかもしれない。身内が死んでもほぼなんとも思わない。
 たぶん両親が今死んだと言われても(病気でもないし死ぬにはまだ若いが)なんとも思わない。「やべーなー、今日宿直勤務なんだよな。誰か代わってくれるかなあ」としか。あとはよく旅行に行くので「旅先で死なれると色々と面倒だなあ」とか思う。

 だって、生あるものは全て死ぬのだもの。寂しいなと思うことはあっても、驚くことはない。頭ではそうと分かっててもいざそうなると慌てるのが人間というなら、私は人間じゃないのかもしれない。そう思うと寂しいけれど、驚きも慌てもしないんだから仕方ない。

 外向けには「葬儀社員で慣れてるから」ということにしてあるが、同僚に指摘されると若干焦ってしまう。私が人間じゃないことがバレやしないかと(笑)
 急死だったため一切の準備ができていなかった。会社を休んで、喪主を務めて、身内を納得させて段取りして、無事に葬儀を終えた。疲れたが、しかし大きなミスはなかった。なぜそう言えるか。頭の中であらかじめ想定していた通りに事が進んだからだ。むしろ葬儀社の人がよく動いてくれたのでその分私は楽だった。うちの会社じゃないですよ(笑)
 およそ身内は誰であっても全て死ぬ想定を常にしている。そのせいか、芸能人とかの方が驚くことがある。砂川さん(大山のぶ代さんのご主人)とかねえ。無念だったでしょうねえ。

 故人の部屋を整理してたらCDが見つかったので、供養にと思って聴いている。
 テレサ・テン「ゴールデン☆ベスト」。
 「つぐない」を聴いているとき、初めて涙が流れそうになった。通勤途中の電車の中だったので泣かなかったけど。
 十年ほど前に一度だけ一緒にカラオケに行った、そのとき故人が歌っていただろうか? 覚えていない。けど、故人の声がオーバーラップして聞こえてきた。
 生きているときは厄介事もあったけど、死んだら美化されるという感覚も初めて知った。
 距離感が全く異なるのだ。当たり前のことなんだけど。話しかけても返事はないが、しかしどこからでも話しかけることができる。
 まあ、あの世でもあなたらしくしていてください(言われんでもそうやろけど)。また会いましょう。
 まだまだ先かもしれないし、意外に今日かもしれません。
posted by あらやしき at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 生について・死について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月10日

あらレコ大 2017年上半期

 恒例の「輝け!あらやしきレコード大賞」、上半期のノミネートです。
 今年は豊作で、アルバムで数枚あるのでノミネートっぽくできます。

 ●「&DNA」(パスピエ)
  記事にもしましたし、ライブにも行ったので改めて書くことはないですね。素晴らしいアルバムです。
  オリジナルアルバムとしては3作ぶりに、後ろから読んでも同じになる「回文タイトル」に回帰しました。気になる人はチェックして(聴いて)ください。
 http://passepied.info/discography/kind/2

 ●「Dr.Izzy」(UNISON SQUARE GARDEN)
 これも記事に少し書きましたが、ついにユニゾンが来たか! という一枚です。これまでは「あと一歩…」というアルバムが多かったけど、その一歩を詰めてさらに一歩抜けた、みたいな。「シュガーソングとビターステップ」は一見これまでの彼らのポップチューンと変わらないようで、なかなかどうして素晴らしいですね。落ち着いて聴くと「オリオンをなぞる」も素晴らしいんですけどね。

 ●「DARUMASAN」(ゲスの極み乙女。)
 ボーカルのスキャンダルで販売が半年延期された、世間的にもいわくつきの作品です。
 音楽的にきわめてすぐれていることは明らかですが、なんせあいつのことだからいつまた同じような(あるいはそれ以上の)ことをしでかして活動休止や解散に追い込まれるかわかったものではない。気になる人は今のうちにチェックしてください(笑)

 ●「THE YELLOW MONKEY IS HERE. NEW BEST」(THE YELLOW MONKEY)
 また過去のヒット曲を焼き直しして……と思ったが本作は素晴らしい。
 ファン以外の人にはただの焼き直しにしか思われないだろうが、彼らを全然知らない人が最初にこれを聞いたら、もう以前の(オリジナル)作品は聴けないのではないかと思う。
 イヤホンで目を閉じて聴けばタイトルに納得。ライブ感が素晴らしい。

 というわけで、いずれ劣らぬ4枚でどれか一枚を選ぶのは難しい。もっとも本番は年末なのでここで一枚を選ぶ意義は薄いのだが、あえて選ぶなら普段応援していない分だけユニゾンが一歩リード。再生回数でもたぶん一歩リード。

 最初に書いたように今年は豊作で、下半期にさらに素晴らしい作品に出会えることを楽しみにしています。
 それでは年末に再びお会いしましょう!
posted by あらやしき at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味2(邦楽など音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

同じこと叫ぶ理想家の覚悟

僕はこれから強く生きていこう 行く手を阻む壁がいくつあっても
スピッツ「ヒバリのこころ」より
 ラジオで本人たちが出演してスピッツの特集をするというから楽しみに聴いていた。「ミュージック・スクエア」だったかな。今から20年ほど前の話です。

 よく覚えていないが、「ロビンソン」や「チェリー」が売れまくってた頃のことだと思う。仮に(今調べたらチェリーが1996年の4月発売なので)1996年のことだとすると私は中学3年だった。

 中学3年といえば、当時クラスで一番可愛い子がスピッツ好きだって聞いたからスピッツ好きだってことにしよう、という動機だけで聴いていた。本当は訳の分からない歌詞もかったるいメロディも、何よりその甘ったるい声も好きじゃなかったけど、今から考えると妙な嫉妬が入り混じっていて(あれくらいなら俺でもできる、的な)、本当は(可愛い子云々がなくても)好きだったんだと思う。いろいろ素直になれない年頃ですから(笑)

 で、そのラジオで「ウサギのバイク」とか「うめぼし」とか、(その当時でも)かなり以前の曲が放送されていて(たしかそういう(=世間に知られていないデビュー当時を掘り下げる、的な)コンセプトの特集だったと思う)、にわかファンの私は知らない曲が多かった。番組の最後だったと思うが、「ヒバリのこころ」を紹介するときに、DJに「ライブでは必ず演奏されるおなじみの曲なんですよね」と振られてメンバーたちも、これは自分たちのデビューシングルで、とても大事にしている曲ですみたいに言っていた。これからもずっと演奏し続けます、って本人たちが実際に言ってたか自分で(今)勝手に付け足したかはよく分からないけど。

 私は通算100回を超えるスピッツの大阪でのライブに数回しか行ったことがなく、いずれもここ数年のことで、にわかファンです(笑)
 でもその(私が行った)数少ないライブでも「ヒバリのこころ」が演奏されていた。さすがに毎回という訳にはいかないけど、しかし三十年も前のデビュー曲(まあデビュー30周年ではない(*本人談)ので厳密には三十年前ではないのだが、アマチュア時代から演奏していたらしいのでやっぱり三十年前かもしれない)をアレンジも変えず今でも現役で演奏して、それが観客に通用するとは、やっぱりこの人たちは只者ではない。

 彼らの演奏を聴いていてふと、まさにふと思い出したのだ。二十年(前後)も前に聴いたラジオのやり取りを。あの言葉は嘘ではなかった。
 結成三十年のライブなので、私がラジオを聴いたときにはもう十年ほど経っていた計算になる。ミスチルの名前が出た後のMCで「自分たちは解散も休止もしていない」と言っていた。「解散して再結成した方が商売としてはオイシイ」とも。
 私はミスチルのファンではないがイエモンのファンなので若干頭にきた(きっとミスチルのファンも頭にきただろう)けど、ゆるい中にしっかりと反骨精神を抱いたままでどうかこれからもお元気で頑張ってください。
posted by あらやしき at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味2(邦楽など音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

君の声がここまで届くだろう、か?

 ずっとチケットが当たらないとこぼしていたが、ついに当たった。
 ただし立見です。それでも当たっただけ良しとしなければ。

SPITZ 30th ANNIVERSARY TOUR "THIRTY30FIFTY50" 07/05 大阪城ホール

01 醒めない
02 8823
03 涙がキラリ☆
04 ヒバリのこころ
(MC)
05 ヘビーメロウ
06 冷たい頬
07 君が思い出になる前に
(MC)
08 チェリー
09 さらさら
10 惑星のかけら
11 メモリーズ・カスタム
12 エスカルゴ
(MC)
13 ロビンソン
14 猫になりたい
15 楓
16 夜を駆ける
(MC)
17 日なたの窓に憧れて
18 正夢
19 運命の人
20 恋する凡人
21 けもの道
22 俺のすべて
23 1987→
-----------------
01 SJ
02 春の歌


 しかしいざ始まると音が届かない。小さい。なんか遠くでやってる感じ。
 姿が小さいのは仕方ないとしても、音が小さいのはつらい。
 近くにいてあんまり大きすぎるのも(耳が)つらいんだけど。
 まあ立ち見でない人もすぐ前にいるから、チケット(立ち見)のせいばかりではないが。

 MCでメンバーが触れていたが、同日(4日5日の二日間)ミスチルのライブもあったらしい。
 「ミスチル(のライブ)は台風大丈夫なのかな、って心配だった。自分もそうなんだけど(笑)」
 相変わらずゆるい。「観に行きたかったな」とも。
 そのあと昨日ミスチルのライブに行った人って聞いたら、相当数の観客が手を挙げてて驚いた。そんなにいるのかと。続けて「どっちが好きだ!?」ってギターが振ったら客席はほぼ沈黙してた。
 そりゃ両方行くなら好きな方から先に行くでしょうよ(笑)あなたたちのファンが今日どれだけミスチルに行ってたかですな。まあ、本当のファンなら両日とも同じ会場にいるんでしょうけど。

 個人的な感想としては、あまりにもバンドがメジャーすぎて(絶対に演ってくれない曲が多すぎて)残念だ。結成30周年というのを除いてもまず「ロビンソン」「チェリー」「空も飛べるはず」を全てやらないセットリストなんてない。それはそれでもちろん良いんだけど、それだけが良くてここへ来てる訳ではない(というお客さんもそれなりにいると思う)んだけどなあ。
 吉井和哉は「大阪でこれを演ったことは一度もない」と言ってこないだ昔の全然売れてない、暗くて全く盛り上がりもしない曲を演ってたけど。まあ音楽性も客層も違うからなあ。
 「多摩川」やってくれないかなあ。大阪で(笑)

 もうひとつ思ったこと、これも同じようなことだが、彼らのベスト盤がその日(7/5)に出たそうだ。
 帰ってチラシを見ると、前に出たベストと同じジャケットで引いた。リマスターって言われてもなあ……。もちろん音も好きだし、年々骨太になっていってるのは好きだけど、やっぱりボーカルの声に尽きるから、正直どっちでも良いといえばどっちでも良いし。

 ただこのベストも世の中では売れるんだろう。5年か10年かに一度、大して変わり映えしない内容のCDが同じように売れるのは、まだまだ世の中が豊かだということだろう。
 弔電がわんさか届いた大きな式を手伝っているときに「こんなもの今の時代にはなんの意味もないのに、安くもない金をよく払うなあ」などとスタッフ同士で話していて「結局日本ってまだ豊かなんじゃない?」という誰かのひと言に皆がしみじみ納得したことを思い出した。
posted by あらやしき at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味2(邦楽など音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

「予告された殺人の記録」読了

 「予告された殺人の記録」(G・ガルシア=マルケス 著 野谷文昭 訳/新潮文庫)

 表現力:★★★★ 
 構成力:★★★★☆
 リアリティ:★★★★★★
 総合 :★★★★☆

 ガルシアマルケスについて知っていたことは、確か沢木耕太郎の作品でふれられていた象が空を飛ぶ話だけだった。いわく「たとえば、象が空を飛ぶといっても、人は信じないだろう。しかし、九千二百四十六頭(?)の象が空を飛ぶと言ったら、人は信じるかもしれない」とかなんとか。今調べたら四千二百五十七頭でした。似てるようですが倍半分くらい違った(笑)ノーベル文学賞をとったことさえ知らなんだ。

 とにかく、人前でリアリティ(を出す表現)について語るほどだからよっぽど自信があるんだろうな、と思いながら、ともかく一冊読んでみようと手に取った。が、これは……。

 す ご す ぎ る ! !
 あほみたいな表現ですみません。本作のリアリティは、ここに書かれていることこそが現実だと思わされたほどだが、なぜそう思わされるのか、カラクリが分からない。(カラクリ以外何も知らずに読んだはずなのに!)
 やたらと出てくる登場人物の多くは、しかしキャラ付けなどはほとんどされておらず、ロープレに出てくる町の人くらいの存在感しかない。やもめのシウスが真犯人かなあ。

 各章の終わりは同じシーンで終わり、読み終わっても最初から一切話が進まない。素人がマネするととても読めない、本物にのみ許された構成になっている。
 あと、シリアスなのにおもしろい(笑える)。
 タイトルにある通り、町の人の大半が知っていた(加害者本人でさえ止めて欲しかった)殺人なのに止められない具合とか、武器である刃物をとりあげられたのに替わりを取りに帰って、また同じところで(皆の前で)研ぎ直しているシーンなど、往年のドリフみたいなベタベタのおかしさがあって、読んでて笑いそうになる。

 たしかに天才だ。時間も場所も全く異なる人間が読んでこれだけ面白い(興味深い/笑える両方の意味で)というのはなかなかない。読後はレトリックが平易なことについて訳にやや不満を抱いたが、この天才を伝えるためには余計なレトリックは不要だと慮ったのかもしれない。
 ジャンルを問わず本が好きなすべての人におすすめします。ぜひ他の作品も読みたい。

2017年06月15日

君、ちょっと行ってくれないかすてごまになってくれないか

冬空に肌を曝して立木あり自己犠牲とはすなわち犠牲(森本平)
 例によって少し前のことですが、中日の荒木選手が2000本安打を達成しました。
 今年は2000本に達する可能性の高い選手が多いと開幕前から話題でしたが、中でも一番近い選手でした。
 おめでとうございます。それに祝福ムードがより強いように思われます。関係者の間でも、少なくとも当初は、守備はともかく打撃については2000本を打つほど期待されてなかった、という声も報道されています。
 それとよく聞いたのが「自己犠牲を強いられる二番という打順にあって、2000本を達成したのはすごい」と。
 美談になっている。

 簡単にいえば、送りバントをさせられたり、進塁打を狙わざるを得ない機会が多いにもかかわらずヒットを量産したのはエライ、ということだが、どうも納得がいかない。
 いや、決して荒木選手を批判したいのではなくて、自己犠牲が美化されているのでは、ということ。
 打撃が優れていなかった選手が努力を重ねて安打を積み重ねることと、自己犠牲を強いられたにもかかわらず、という話は別だ。
 もっといえば、2番荒木の頃は打撃よりも守備が評価されて使われていて、打つようになってからは井端選手に代わって1番を打っていたように思う(あの頃は強くて嫌らしい敵だったのでよく見ていた)。なんにせよ、2000本打つ間ひたすら自己犠牲を強いられていたわけではない。

 そもそも自己犠牲ってなんだ? 自己以外に犠牲にするものは、それは犠牲じゃなくて強要だろう?
 荒木選手の祝福ムードとは裏腹に、普段耳慣れない言葉使いに非常に違和感を感じたスポーツ中継のハシゴでした。
posted by あらやしき at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

「借金取りの王子 −君たちに明日はない2−」読了

「借金取りの王子 −君たちに明日はない2−」(垣根涼介 著/新潮文庫)

 表現力:★★★☆
 読み易さ:★★★★
 終わり方:★★★☆
 総合 :★★★☆

 文句を言いながら結局読んだ。
 前作繰り返されたいやらしい描写が全くなくなり、文章全体からもアクが抜けた。
 「前回までのあらすじ」も随所に差し込まれ、業界の解説なども分量が多くなり、読者にとっては読み易いものになった。

 ただしこれは作者の努力ではなく編集の意向と思われる。前作の反響を汲んでそのように変化させた。
 穿った見方をすれば私が評価している「読み易さ」を感じさせる箇所を、作者自身が本当に書いたのか疑問を感じる(前作と違いすぎる)。別に本人が書いてなくてもどうでも良いことだけど。
 各話の終わり方は相変わらずの尻切れトンボなので、大部分を作者自身が描いていることは疑っていない。それとこういう終わり方は世間的には評価が低いが私は個人的には好みだ。
 もっとも、結末を書かずに読者に委ねることが余韻を持たせる効果を生むのか、はたまた無責任に投げ出したと映るのかは、それまでの物語の紡ぎ方によるので一概には言えないが。

 ともあれ、本作のような娯楽作品を捕まえてしかめ面でああだこうだ言っても仕方ない。
 パラパラめくって「あー読んだ」で終わり。まずは読まないことには(つまり読み易くないことには)続きが売れない。というわけで売る(編集)側の前提で考えれば前作より良くなっている。

2017年06月03日

「ただでさえあの黒川の野郎と比べられて、胸クソが悪いって言うのに、よ」

Hey! 脂乗ってきた色々苦労もしてきたバリバリ働き盛りの何でも御座れの三十路だ
仕事も遊びも本気なんだがだけど何かが足りないんだまだまだまだまだ間駄麻堕摩惰魔打
忘れらんない
ゴールデンボンバー「死 ん だ 妻 に 似 て い る」より

「君たちに明日はない」(垣根涼介 著/新潮文庫)

 表現力:★★★
 着想: ★★★★
 読者サービス:★★★☆
 総合 :★★★

 読んでいて黒川博行(「後妻業」)に似ていると思った。
 作風と読者層だけでなく、キャラの描き分けがない、キャラが息をしていない(会話も地の文も、各キャラの声や言葉ではなく作者の声や言葉にしか聞こえない)ところや、語彙が乏しいところ等、目につく短所も同じ。
 この短所も含めておじさんに好まれるのだろうか。私には良さが分からないけど。

 「後妻業」は目の前の1ページをめくらせさえすれば良いという書き方で全体のことは考えられていなかったが、こちらは続編ありきで、一編単位で構成されている。その構成力、完成度、文章自体も一枚上手だが、反面、思わず引き込まれるところがない。
 その理由を考えていると悪者がいないことに気づいた。リストラの話を描いているのに悪者がいないとは、なんと「ナマ」な作品か。「旧友」とかもう、ぬるすぎてむずがゆい。続編ありきとはいえ、主人公と女の関係も甘ったるすぎてサービスの域を超えている。

 で、ここまで書いて「あとがき」を読むと、「小説は、魅力的な人物像を描くことがもっとも重要だと、私は考えている。」と一行目に一行で書いてある。昔のギャグ漫画みたいにずっこけそうになった。
 タイトルは(作中の)黒川の台詞なので、本文は「黒川」ではないが、固有名詞につき都合の良いように改変した。本文から抜くときはそのまま抜くように心がけているので今回だけ特別に見逃してやってください。
 黒川(博行)に似てるなあと思って読み進めてたら黒川が登場したので驚いた。作者も意識してるのかしら。

 他人から譲ってもらった本で、既に手元に続編が揃っていますが、疲れたときの息抜きに……読むかなあ。

2017年06月01日

USGが気になりだす

GRAPEVINE presents GRUESOME TWOSOME (5/28 Zepp Osaka Bayside)

UNISON SQUARE GARDEN
01:エアリアルエイリアン
02:ライドオンタイム
03:オリオンをなぞる
04:マジョリティ・リポート(darling,I love you)
05:CAPACITY超える
06:桜のあと (all quartets lead to the?)
07:クローバー
(MC)
08:ガリレオのショーケース
09:天国と地獄
10:シュガーソングとビターステップ

GRAPEVINE
01:ふれていたい
02:Golden Dawn
03:FLY
(MC)
04:EAST OF THE SUN
05:Wants
06:豚の皿
07:here
(MC)
08:Arma
09:覚醒
10:JIVE
11:疾走
12:吹曝しのシェビィ
----------------------
01:スロウ
02:KOL(キックアウト ラヴァー)
03:光について(vo.斎藤宏介)


 UNISON SQUARE GARDENはライブ初参戦なので、タイトルはこちらからつけようと思っていた。それにふさわしい歌詞も複数あった。「世界中を驚かせてしまう夜になる」とか。
 けど、おじさん達の方が一枚上手だった。最初のMCでユニゾンをUSGと略し、妙なコール&レスポンスだなとは思ったけど、いつもの「ここが唯一のコール&レスポンスなんでね。この先無いんで。」に流されて、普通に曲を聴き進めてしまった。
 そして豚の皿でまんまと嵌められてしまった。ここは桜島だが、それ以前に大阪で、彼らの地元だ。
 私の地元でもあるんだけどなあ。

 ユニゾンは以前よく聴いていたので懐かしさも感じたが、やっぱり新譜(「Dr.Izzy」)が素晴らしい。最近はあまり聴いてなかったけど、とうとう殻を突き破ったというか、スタイルを確立したという気がする。ライブ自体は圧倒されるパフォーマンスではなかった(「シュガーソングと〜」は滑舌良すぎて逆に流れが悪かった)けど、ワンマンではないのでなんとも言えない。この先ワンマンに行くかどうかはわからないけど。

 とはいえ、私はじめGRAPEVINEのライブに来るようなひねた観客相手に堂々の演奏ぶりだった。それに敬意を表して最後の「光について」では手を上げて応援した。
 でも、手上げてたの私だけだった。真ん中よりも後ろにいたけど。
 緊張してるだろうに一生懸命歌っているんだから、もうちょっと温かい気持ちで応援してあげたら良いのに。もちろん共犯関係とはいえきっと絆なんか無いんだけども。
posted by あらやしき at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味2(邦楽など音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする