2017年12月16日

葬儀社員は悪魔か?

 葬儀社員が亡くなった乳児の頭部に処置としてコンビニのレジ袋をかぶせたことが親の逆鱗に触れ、裁判沙汰になるという報道があったらしく、会社で話題になっていた。
 なんでも体液の漏れを防ぐためにレジ袋をかぶせて、その上から包帯で巻いたらしいが、耳の後ろ辺りから一部が覗いていて、親が包帯を剥がすとはたして、という展開だったらしい。

 それがひどいと思うかどうかは人それぞれとして、我々もそれに近いといえば近い、危ないところだったことはある。生後間もない乳児の棺などない。子供棺でも大きすぎる。お菓子の箱か何かに入れるよう提案したところ「そんなものしかないのか! ひどい!」と叫ばれたり、(小さすぎて)骨が拾えないことを伝えると「なんとかならないのか! お前たちは血も涙もないのか!」と罵倒されたり。
 さすがにコンビニのレジ袋はちょっとひどいとは思うし、やるならやるでお客さんに一言断るべきだったと個人的には思うが、それと上に書いたこと(棺とか骨の件)とどう違うんだと、読んでいる人は思うかもしれない。

 葬儀社員は悪魔か。人の心をもたず、他人の死で飯を食う死神か。
 暴利をむさぼって、嘆き悲しむ遺族を背にせせら笑っているのか。

 これは私の独白ではなく、同僚(女子社員)がその話題のときにつぶやいた言葉です。
 まー違うと言ってもどーせそーなるんやろし、えーけど? 別に。と続きました。

 原因の一つは、件数が少なすぎて道具が揃っていないこと。
 あまりに生まれてすぐだと葬儀社が噛まないことも多い。私も呼ばれて行ったことがあるが、何もできることがない。ドライアイス(冷やす)と言っても洋菓子屋さんのドライアイスで事足りるし。
 二つ目は、(件数が少ないことも相まって)遺族の悲しみにまったく追いつけないこと。世界のすべてに裏切られたような心持でいる。棺にしたって、普段は素材も飾りもちゃんとした棺を勧めたところで「どうせ焼くだけの物なのに(そんなもので金を稼ごうとしている)」と悪態をつく癖に、乳児にお菓子の箱だったら「どうせ焼くだけだと思って(いい加減なものに入れようとして!)」と叫ぶ。
 一貫性がなくないか? まー、それに応じるのがプロの接客ってもんなんでしょうけど?

 ま、私の会社ではないし別に炎上しようと知ったことではないけど。
 訴訟とまで言われるとさすがに同情を禁じ得ない。まあ、そのほかにも不審に思われるような行動があったのかもしれないけど。でもそれが葬儀社員が自分の車のなかで喫煙してたとか、違法行為どころか一昔前なら誰もが普通にしていた行為かもしれないからなあ。
 ホントに過ごしにくい世の中になったもんだ。
posted by あらやしき at 15:59| Comment(0) | 葬儀とその周辺のレポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月15日

輝け! あらやしきレコード大賞2017

 今年一年何があったのかと過去記事をななめ読みしましたが、ほとんど本かライブのレビューしかなく、何があったのか思い出せません。ニュース記事を取り上げなかった報いです。
 しかしこの一年どんな音楽を聴いて過ごしたのかは、わりと記録しているので思い返すことができる。とくに半期に一度書いてあるのは非常に助かります。
 とはいえこれまでのものもすべて結局下半期に聴いていた作品しか選ばれていないように思う(実際そうかどうかは検証していないので知らないが)ので、振り返ることができる限界が半年なのかもしれません。

 というわけで今年も上半期(半年前の記事)からは選ばれないことを言ってしまいましたが。
 今年はこちらです!

 「Crying End Roll」(indigo la End)

 ぱちぱちぱち。
 発売時期から、上半期にぎりぎり選ばれなかった(挙げようかだいぶ迷った)ですが、ずっと聴いてました。「鐘泣く命」一曲だけで十分大賞ものです。この曲のサビは私が6歳にときに作った「ピーナツの皮が世界中に落ちた」という曲とまったく同じ旋律なのですが、どうでもいいですね。ちなみにTHE YELLOW MONKEYの「空の青と本当の気持ち」のAメロとも同じです。
 その旋律を生かすリフやコードや歌詞がさっぱり浮かびません。

 なお、特別賞は「Finally」(安室奈美恵)です。
 25年間お疲れ様でした、ももちろんですが、最後もセルフプロデュースのバリバリの現役で素晴らしい作品を出しまくってるのが選考理由です。もっと手抜いて、もっと長く、もっと稼げるのに、すごいですね。
 私の趣味とは全然違います(小室で売れまくってた当時からそんなに聞かなかった)が、信念の強さとパフォーマンスの質に心から敬服してCDを買いました。お布施というか、お賽銭というか、そういう感覚です。

 さて、来年も素晴らしい作品に出会えますように。例年は少しの不安を感じてましたが、今はまったくそんな気はしません。自分が生きて耳さえ聞こえている限り、必ず素晴らしい作品に出会える確信をもって楽しみに過ごしています。それではまた。
posted by あらやしき at 12:24| Comment(0) | 趣味2(邦楽など音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月14日

第二回あらやしき文庫大賞

 さて、今度は文庫です。
 第二回 あらやしき文庫大賞! ぱふぱふぱふー
 大賞は…… −−の前にノミネートを出すのか。こっちは。(過去記事参照中)

 ノミネート作品はこちら!(読んだ順)
 「ティンブクトゥ」(ポール・オースター 著 柴田元幸 訳/新潮文庫)
 「ぶらんこ乗り」(いしいしんじ 著/新潮文庫)
 「夜と霧の隅で」(北 杜夫 著/新潮文庫)
 「予告された殺人の記録」(G・ガルシア=マルケス 著 野谷文昭 訳/新潮文庫)
 「狂人日記」(色川武大 著/講談社文芸文庫)

 読んだ本が(前回の大賞発表後から)22冊と少なすぎるのですが、どうにか20冊を超えたので表彰します。
 20冊を切った場合は私にその資格がないものとして大賞の発表はしないつもりです。貴重な記事のネタなので来年以降もなんとか頑張りたいと思います(笑)

 さて、大賞は。
 「ティンブクトゥ」(ポール・オースター 著 柴田元幸 訳/新潮文庫)
 です! ぱちぱちぱち

 評価の★でいけば「夜と霧の隅で」がわたし史上初の全満点評価ですが、「夜と霧の隅で」だけでなく、今年のノミネートに挙がった作品すべて、それらを楽しく読めたのは「ティンブクトゥ」を読んだからだな、と。作品として、一年間読んだ中で一番おもしろいかと言われるとかなり疑問ですが、本作が私に与えた影響がすごく大きいと感じるので。
 どのへんがどう、というのはとても伝えられないので、ぜひ読んでください。
posted by あらやしき at 22:48| Comment(0) | 趣味(小説・漫画etc)/ときおり一首 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月13日

We must go on! (下)

もう一度触れられるのならずっと離れはしないさ
あの夏の夕立ぐらい泣いていいから
川のような道みたいに流してくれるだろう
外からなんて何も分からないさ

大丈夫僕ら君の味方だよ そうさいつも君の味方だよ
We must go on! 
THE YELLOW MONKEY「Horizon」より


 私は瞬発力がないので、会場でこれを聴いたときはただ「良い曲だなあ」としか思わなかった。
 東京から帰って改めて聴くと作品から溢れる優しさに驚いた。エマはそのクールな外見と言動から、(悪い意味での)リアリストだと思っていた。弟が吉井に勝るレベルのロマンチストだし(笑)

 この作品は(抜粋した箇所に象徴されるように)一見してメンバーから吉井へのメッセージだが、奇しくも私は会場でこれと同じようなことを感じていた。

 「(上)」の記事でも書いたが、吉井は「今日もたくさんのメニューを用意して」(皆さんを楽しませる、的なこと)と言った。私含めたくさんの観客はただ楽しみに観ているだけだが、やる方はそういう訳にはいかない。この日のためにどれだけアイデアを練って、準備して、練習したか。
 それはライブに限らず他の様々なパフォーマンスでも同じことだが、私が観た中で最大級に仕掛けが派手で大きかったせいか、それとも吉井はじめ彼らのなかから何か滲み出たものが伝わったのか、とにかくライブの最中に私はそんなことを考えていた。

 「外からなんて何も分からないさ」
 バンドを解散したことを吉井のわがままな振る舞いによるものと、漠然と捉えているファンはたくさんいるだろう。私もそうだ。最も直接的にはこの歌詞はそのことを否定したものだが、それだけではない。

 たとえば人が誰か他人を楽しませようといろいろ気を遣ったりしたこと、そういうのは大体成功しない。
 否、成功することもあるけど、その成果と準備は性質から異なる。人に喜んでもらうためにしていることなら喜んでもらえれば成功だが、喜ぶ側にもいろいろあって、ただ喜んでいられればそれだけで良いというものでもない。うまく書けないけど。

 私たちがパフォーマンスや演出に度肝を抜かれて、曲が終わった後暗転しているあいだに、彼らは次の準備に走り回っている。当たり前といえば当たり前なんだけど、その方向性の対立具合が美しくも切ない。それが私が彼らのライブの最中に感じていたことだ。だからこの曲を帰ってきてから家で聴いたときに、そういうことを表現したかったのではないのかな、と、勝手に思った。

 私はファンではないから客観的にそう感じたが、ファンを自認する人なら耐え難い解釈だろう。たとえば、吉井の苦悩は誰よりも私こそが理解しているのに心外だ、とか。
 決して(ファンの純粋な想いを)認めていない訳ではないが、そういうことではないのだ。何かを創ったり、それを演奏して表現したりするということは。

 We must go on! と言ってこの曲は終わる。mustという助動詞は英米では古典で、現在は全くといって良いほど用いられないと聞いたことがある。すべて「have to」だと。もっとも、女性誌に書かれる「この冬のマストアイテムはこれ!」くらいアテにならない、根拠のない言説だけど。
 これは「ねばならない」ではなく、強い意志、決意みたいなものだろう。だとすれば「will」が正しい。響きもその方が良い。
 だけどそれではこの作品で表現したい強い意志が伝わらない。だからmustを選んだ。こんな言葉使われないし正確でないことも承知で。そういうことだと思う。このタイミングでエマがこういう曲を描くこと自体から全て。

 表現する側と受けとる側の乖離、その切なさと幸せをライブでもこの作品でも感じた。
 それはもちろんエマとロビンの間でも起こる。当たり前だ。
 それでも僕らは君の味方だと言う。これが優しさでなくて何だろうか。
 まあ、私が勝手にそう思って聴いているだけで、これも受け手側の自由のひとつだが。
posted by あらやしき at 23:42| Comment(0) | 趣味2(邦楽など音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月11日

We must go on! (上)

 年の瀬だし、いろいろと記事になりそうなネタはあるが、なかなか書く時間がなくてたまったままです。自然と書きたいものから順になる。
THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2017 12/09 東京ドーム

01 WELCOME TO MY DOGHOUSE
02 パール
03 ロザーナ
04 嘆くなり我が夜のFantasy
05 I Love You Baby
06 サイキック No.9
07 SPARK
08 天国旅行
09 真珠色の革命時代 (Pearl Light Of Revolution)
10 Stars
11 SUCK OF LIFE
12 バラ色の日々
13 太陽が燃えている
14 ROCK STAR
15 MY WINDING ROAD
16 LOVE LOVE SHOW
17 プライマル。
18 ALRIGHT
19 JAM
20 Horizon (PV)
21 SO YOUNG
22 砂の塔
23 BURN
24 悲しきASIAN BOY

 ……ということで! 人生二度目の遠征です。

 とはいえ、私は好きで音楽を聴いているだけで、大阪でやってくれないから仕方なく行っただけです。だから吉井が喋るまで、彼らが東京ドームでやることの意義とか全然忘れていた。言われて「そうか。そういえばそうだったっけな」と。彼らが「前回」東京ドームでやったとき、まだ私はjaguar hard painをレンタルで聴いたかどうか、くらいだったので。
 前も書いたが私はファンになって15年なので、彼らと入れ違いだった。

 行く前から当然記事にするつもりで「これがNo.1 運命のIt's showtime」的なフレーズを用意していた(そういうつもりで聴きに行った)けど、ライブはそういう感じではなかった。少なくとも私にとっては。
 吉井の言うとおり「たくさんのメニューを用意して」彼らのパフォーマンスに魅了されたことは間違いないけど、そういうアゲアゲではなく。

 私には体力も財力もないのでかなり好きなバンドでないとわざわざライブには行かないが、それでも泣けるのは彼らのライブだけだ。だとすると私が泣いているのは好きだからではなくて、彼らのパフォーマンスにそういう傾向があるのだろう。泣かせるというと安っぽい感じだがそうではなくて、人間味にすごく価値を置くというか。ただギター弾いて唄ってるという点では他と違いはないのだけれど。

 より多くの人の上に立った者が、金をたくさん稼いだ者が、長生きした者が、他人を出し抜いた者が、より名誉を得た者が、そういう人生こそ価値があるなら、それほどつまらない人生はない。そんな人生なら生きる価値がない。(私は人生に意味がないとここで繰り返し書いているけど、それは私がいわゆる勝ち組ではないからではない)。彼らの音楽を聴いているとそのことがよく伝わってくる、気がする。

 さて、ライブレポートという本筋からやや外れたが、とにかくほぼベスト盤と言えるヒット曲ばかりのセットリストや、大きなハコに相応しい派手な仕掛けや演出とは裏腹に、感じたものは上に書いたウエットな、だいぶ情緒的なものだった。これは彼らにしか出せない味だし、私はこれが好きだ。ハコが大きい分、吉井的情緒が会場に充満するまで少し時間はかかったように思うが。

 まだ話は途中だがだいぶ長いので続きは後日。
posted by あらやしき at 22:23| Comment(0) | 趣味2(邦楽など音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

我々は普通に良いアルバムを一枚出しました

 GRAPEVINE tour 2017 (11/24 NHK大阪ホール)

01 The milk (of human kindness)
02 EVIL EYE
03 Suffer the child
04 ソープオペラ
05 COME ON
06 こめかみ
07 RAKUEN
08 Chain
09 世界が変わるにつれて
10 Silverado
11 Our Song
12 これは水です
13 楽園で遅い朝食
14 CORE
(MC)
15 カーブ
16 聖ルチア
17 レアリスム婦人
18 Shame
19 Buster Bluster
20 BLUE BACK
21 その未来
22 Arma
----------------
01 光について
02 豚の皿
03 指先

 20周年を記念してホールでのライブ。NHKホールは15周年のライブ以来。
 今年大阪でのライブは5月以来。そして今年最後。
 私の認識とフロントマンの発言は完全に一致しましたが、そのたびに最前列のファンから修正されました。フェスに出演しているので、もっと頻繁に大阪でライブをしているそうです。
 フェスには行かないので知ったこっちゃありません。ライブはワンマン、行っても対バンまでです。

 さて、今回も最中で眠っておりました。眠れるのは彼らのライブだけ。ふかふかの椅子にゆったり腰かけて、本人が演奏している最中に眠るなど、これ以上ない贅沢です。意識の端で私の大好きなSilveradoのイントロが聞こえてくる、気がする。今日も最高の演奏……な、気がする……zzz

 初めて自分の小遣いで美術館に行ったとき、すべての作品を目ん玉ひんむいて端から端まで見たものでした。そんなことしても疲れるばかりで(今から思えば)何も感じられませんでしたが。
 ライブも同じ。椅子があるのに(無理をして)最初から最後までずっと立って一音も逃さず聞こうとするのは、ちょうど食べ放題の店に行ってとうに満腹なのに無理に食べ続ける態度に似ています。まあ、他人がどう過ごそうが私には関係ないけど、同じように眠っているから退屈だと断定するのも早計で。

 とはいえ、一曲くらいは立たないとライブに来たような気分も味わえないし、目覚めたところでちょうど良い曲をやってくれたので、せっかくなのでノッてたら直後にMCで「ずいぶんノッて頂いてありがとうございます」とお礼を言われました。皮肉でしょうけど。

 ライブのスケジュールの感覚といい、ことごとく感覚が一致するものだと感心してました。ただ彼らは商売でもあるので、こんな観客と照準が合ってるのもどうかとは思うけど(笑)、私は好きなのでこれからもCDだけ聴いて曲名もろくに覚えずライブに来て眠っています。なので出来るだけ椅子のある会場でやって頂きたい。

 タイトルはMCでの発言。「普通は、20周年とか記念のときには、ベストを出すとか、トリビュートだとかなんとか、やるもんなんですけどね」の続きです。
 この日唯一のコール&レスポンス(今回は明言しなかったけど、いい加減に見えて実は毎回1度はきっちりコール&レスポンスをやっている)、「つまり、ここから金沢まで?」「20分!」「はいよくできました」も良かったですけどね。ほっこりする。
posted by あらやしき at 17:29| Comment(0) | 趣味2(邦楽など音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月27日

清深は深く清らかな自分だけを意識の続く限りイメージし続けた。

「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」(本谷有希子 著/講談社文庫)

 語呂 :★★★☆
 落差 :★★★☆
 総合 :★★★☆

 最近本を読んでいて、自分には表現力を評価する能力はないのではないかということにようやく気付いた。ここのところ表現力の評価にほとんど差がなく、また評価の根拠を示せない。
 ということで、表現力の評価は除き、その作品の生命線と感じた要素から二点、一つ目はどちらかと言えば基礎的な、普遍的な要素、二つ目はその作品のオリジナリティをより重視した要素から評価項目を選び、★をつけるというやり方にした。以上余談でした。

 誤字レベルの文法の誤りがそのままになっている。はじめ編集が仕事してないのかと勘繰ったが、ほかの作品でそんなことはないので、おそらくこれは作者がこだわってそのままにしているのだろう。
 文章レベルでもそうだが、展開も大概だ。完成度や整合性という観点からは★2〜2.5程度の低評価は免れない、どう見ても荒削りな作品だ。
 しかし辻褄の合わない展開もほったらかしの伏線も、そうまでして作者がこの作品に描きたかったことは何かを考えるうえでさほど問題には思えない。毎回感じることだが作者の特長で、もはやこれだけ続くと本当に表現力が至らないのか疑わしくなってくる。

 ただひとつ分からないのは、どうして澄伽は清深に屈服したのか。そもそも見えない他人に自分の女優への道をすべて預けるような人間に、健全ではないとはいえ、そんなに強い精神力(自己愛)が備わるものなのか。
 話の筋はとおっているが、私にはかえって理解しがたかった。ご都合主義は構わないが、大体が理不尽で進んできた物語がそこだけぴったり辻褄あわせられても、ねえ。それをご都合主義と言うんだと言われれば返す言葉はありません(完璧な構成力とも読めることになる)が。

 ただし、そこにもまた整合性(あるいは説得力)などはなく、ただ自己愛の強い人間が(下等の筈の者に)屈服させられるさまを描きたかったのだろう。徹底的に叩き落とされて、そこで奇跡が起こるが、それが(本人にも読者にも)いかにもくだらない、というのは確かに可笑しかった。
 他の作品にみられる殺傷力(読者に切っ先が向いている感触)は感じられなかった(もう斬られたあとかもしれない)が、いずれにしても作者が刀を振り回すさまは本作でも十分に堪能できる。
posted by あらやしき at 15:34| Comment(0) | 趣味(小説・漫画etc)/ときおり一首 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

プロ野球(シーズンオフ)に思う

 俗にストーブリーグといわれるこの時期、来季に向けて戦力の補強を図る球団やFA宣言した選手が話題の中心になる。
 ……が、今年は全体的に盛り上がりに欠ける。

 詳細はスポーツ新聞なりで確認して頂きたい(推測なので名前は差し控える)が、FA宣言してもどこからもオファーがない(このままでは引退を強いられる)選手、FA宣言してもどこからもオファーがないであろうことを見越して宣言を見送ったと思われるスター選手、さらに昨年二冠王、今年もなんとかポジションを奪い返しながら自由契約の憂き目を見て、さらにどこの球団からも声がかからないベテラン選手、海外FA宣言するもメジャー契約はなさそうで残留になりそうな選手……

 いずれもチームを代表する、またはこれまで代表してきた選手ばかりだ。チーム事情や多少年齢を重ねたとはいえ、わずか2、3年のことで現役すら危ぶまれるような選手ではないと、私は思っていたのだが……

 われらが阪神からは大和選手がFA宣言し、幸い複数の球団からオファーがあった。
 阪神の中でも一番好きなくらい好きな選手だからいなくなるのはさびしいが、FA宣言したのにどこからも声がかからず残留というのはもっとさびしいので、必要とされている球団に、新たな境地で向かうことは素晴らしいことだと思う。ぜひ頑張って欲しいのだが、ほかにそういう(良い)話がまとまりそうな選手が少ない。
 松井稼頭央選手が西武に決まったことくらいかしら。

 前にも書いたけど、FA宣言できるほど一流の世界で活躍した選手でさえ行き場がないと言われてる世の中で、我々一般人に必要とされる職場などあるだろうか。今の会社をクビになったら、次はないものと思わねばなるまい。少なくとも今の条件と同じところはない。

 そういう世の中で平然と転職を勧めるのは転職サイトくらいなものだ。彼らは(誰でもそうだが)自分たちの利益のために言っているだけで、顧客のことなど考えてはいるまい。
 レストランとか、あまり顧客の人生に関わらない職業に関しては異存はないが、証券会社はじめ金融とか不動産業とか転職サイトとか、大金が動いたり人の人生に関わる人は相応の節操をもって広報した方が良い(顧客の恨みを買わない)と思うのだが。
 恨みぐらい買わないと商売になりませんか。
posted by あらやしき at 23:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

映画が映画のままでありますように

 「シン・ゴジラ」を地上波で放送していたので、何となく観ていた。
 映画館で観たので初見ではなかったが、この1年少し(くらい?)の間に、リアリティを感じた部分がだいぶ変わっていて驚いた。

 去年映画館で観たときは放射線のくだりにリアリティを感じた。もちろんそのつもりで作ったのだろう。○ミリシーベルトという言葉はあの地震以来急に定着し、映画に出してもファンタジー(何かよく分からない単位)ではなくなった。外国ではゴジラが暴れるシーン以外は全般的に不評だったそうだが、日本式の役所や会議の構造、あるいは放射線(の単位や脅威)など繰り返し描かれたところで、全く面白みもリアリティも感じないだろう。本作は純粋に日本人に向けて作られたものだ。

 先日テレビで観たときは、それらに加えてゴジラの存在そのものにもリアリティを感じた。一番簡単に言えばあれが北朝鮮のミサイルだったら? と。防衛出動はすんなりできそうだが(笑)それ以外はゴジラと何も変わらないのではないか?

 もし来年観たら、また違う箇所にリアリティを感じるのだろうか。願わくはゴジラに踏みつぶされた都市の廃墟の具合でないことを祈って。
posted by あらやしき at 10:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

わたし的速報

 書きたいというよりは記録のため、備忘のために書くが、若い人ばかり九人も殺した事件が報道されている。ツイッターなどで自殺願望がある人に「一緒に死にませんか」と声をかけて次々に殺したという。頭部以外を切り刻んでゴミに捨てていたという猟奇的な殺人でもある。が……。

 私の世代で言えば、子どものころの宮崎勤から始まって、神戸の酒鬼薔薇、和歌山のカレー、世田谷の一家殺人、光市母子殺害、教育大付属池田小、秋葉原、規模の大きいものではもちろんオウム、最近では筧千佐子、尼崎事件……いまだに行方不明のままの人など、理屈を越えて「こいつは許せん」とか「怖ろしい」とか思う事件が断続的に起こる。
 今回の事件はそれらに匹敵する、簡単にいえば「極悪の」事件だろうが、私のなかではどうも過去の上記の事件の報道に触れたときの戦慄は起こらない。年をとって感覚が摩耗したのだろうか。

 場末とはいえ電波に乗ってる以上、炎上の恐れがないではない(ので近日削除する)が、「一緒に死にませんか」という誘いに応じて行ったのが事実だとすれば、殺されて文句言うのはおかしいでしょう。もちろん九人全員がそうではないようだし、殺した奴が悪くないというつもりは全くない(殺人には違いない)が、「前途ある若者を次々に殺した悪魔」みたいな言い方をするのは違うだろ、と。
 人数は確かに問題だが、死にたいと言ってる人に声をかけて殺すのと、(わずか数千円、数万円を得るために)普通にタクシーの業務に勤しんでる人をいきなり殺すのとを、「感情的に許せない」という話でいってどちらが許せないかと言えば断然後者の方が許せない、と思うのは自然な感情ではないのか?

 容疑者は「本当に死にたいと思っている人は一人もいなかった」と供述して、私にはそれが印象的だった。死にたいと思っていないのにどうして「死にたい」と言って知らない男の所へ行くのか。本当に死にたいという気持ちって、そういうのとは違うだろう。死にたいときは一人のときだけで、(知らない)誰かと死にたいと思う感情が私には理解できない。ついでに言えば他人と一緒にトイレに行きたがる心情も理解できないが。

 まあ、これからも報道が続いて少しづつ事実も明らかになる。前から書いている通り「犯人が悪い」というのは簡単なことだが、考えることはそれだけではないだろう。
posted by あらやしき at 11:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする